2024.11.14
堀川 惠子ノンフィクション作家
「私たちは必タヒに生きた。しかし、どうタヒねばよいのか、それが分からなかった」
なぜ、透析患者は「安らかなタヒ」を迎えることができないのか? どうして、がん患者以外は「緩和ケア」を受けることさえできないのか?
10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫(林新氏)。その壮絶な最期を看取った著者が記す、息をのむ医療ノンフィクション、『透析を止めた日』(堀川惠子著)が刊行された。
『透析を止めた日』は、これから透析をする可能性のある人、すでに透析を受けている人、腎臓移植をした人、透析を終える時期が見えてきた人だけでなく、日本の医療全般にかかわる必読の書だ。
本記事では、〈家族でさえ知らない、透析患者が抱える「最大の苦痛」とは?「普通に歩いて通院できる」「見た目は健康な人と何一つ変わらない」が〉につづき、透析患者の突然タヒについて見ていく。
※本記事は堀川惠子『透析を止めた日』より抜粋・編集したものです。
https://gendai.media/articles/-/140988 カリウム、突然タヒの恐怖
「俺はさ、バナナをいっきに食べたら簡単にタヒぬらしいよ」
林がそんな悪い冗談ともつかぬことを口にすることがあったが、まったくの冗談とも言えなかった。微妙な体内循環の調整を人工的に行わざるを得ない透析患者に「突然タヒ」の恐怖がつきまとうのは事実だからだ。
透析のルーティンが「火・木・土」と決まっていて、毎回、同じ時間に同じベッドで透析をしていると、周りの患者さんたちと顔なじみになる。
ところが、ある日突然、いつものベッドから消える人がいる。指定席に、来るはずの人が来ない。透析をスキップすることはありえない。転院や転居なら事前に挨拶がある。
こういう突然の不在は、だいたい「タヒ」を意味した。だから誰も理由を聞かない。技士も看護師もふれようとしない。そのうち新しい患者がやってきてそのベッドを使い始め、何ごともなかったかのように日常が続く。
私たちも渋谷のクリニックで、「○○さん、いなくなっちゃったね……」という会話を何度か交わした。
全身の血液を外に取り出し、再び体に戻す透析は、清潔な医療機器を使うとはいえ感染症のリスクが高い。
また老廃物を取り除く際、免疫機能を保つグロブリンなどのタンパク質も一緒に除去してしまうので、免疫力も低下しがちだ。
ちょっとした風邪から肺炎になったり、発熱したりして大事をとって入院したらそのまま亡くなった、という話もよく耳にした。
冒頭のバナナの話もそう。この時代の透析クリニックでは、週に1度、必ず血液検査を行っていた(現在は診療報酬が包括払いとなり、検査の頻度を減らしている施設が多い)。
平素からとくに気を付けておかねばならない数値のひとつが、K(カリウム)だ。透析患者にとってバナナとは、カリウムを象徴する食べ物である。
カリウムは、人間の生存に欠かせぬミネラルだ。筋肉の収縮や神経の働きを適切に保ち、果物や野菜に多く含まれる。
透析患者は尿が出ないので、必要以上のカリウムが体内に溜まる。それを透析でろ過するのだが、一度に引くことのできる量には限度がある。
高カリウム血症になると、心筋の収縮に影響して心臓が止まることがあり、カリウム過多は透析患者の突然タヒの理由によく挙がる(逆に低カリウムでも問題が起きる)。
カリウムの基準値は3.5~5.0mmol/L、これが5台後半になると要注意、6台に突入すると危険水域。
私と暮らす以前の林の血液検査を見ると、だいたい6台の前半をうろついている。
アーガメイトゼリーというカリウム吸着剤が処方され、毎食後いつも不味そうに眉をしかめてスプーンですくって食べていたが、それでも高数値だった。
https://gendai.media/articles/-/140988?page=2 透析医が患者の生活の問題に介入を控えがちなのはなぜなのか?